ヤマーン!コラム

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【インタビュアー/今田 恵 文・構成/髙久 裕輝】
今回のYAMAAN! PEOPLE PROFILE
(たにぐち けい/和歌山県和歌山市生まれ。アルパインクライマー。野外研修ファシリテータ、山岳ツアーリーダー、アドベンチャーレーサー、アルパインクライマー、都岳連レスキューリーダー、日山協自然保護指導員などさまざまな分野で活躍する日本で一番ホットな女性クライマー。2008年に実施したインド・カメット峰南東壁新ルート登頂に対して日本人初となる『ピオレ・ドール(金のピッケル)』が贈られた。

女性として初めて「ピオレ・ドール(金のピッケル)」賞を受賞した、谷口けいさんにうっかりインタビューしてしまいました!


MustagAtaBCにてラクダと

—さっそくですが、山登りを始めたきっかけは?

これといって明確なきっかけはないんです。強いて言うなら、夏休みの家族旅行がいつも海じゃなくて山ばかりだった。と言っても高い山ではなく、裏山のようなところに行くんですが……。記憶にある最初の山は小学校2年生のときに行った会津磐梯山です。父親と登ったんですが、そのときの景色に感動して、「自分は『山の人』なんだ!」と思うようになったんです。普段よりも少し高いところからの景色、雲が近くに見える景色が印象的で、夏休みの作文にその気持ちを綴ったことを覚えています。高い山の上というよりは、街の中、学校の教室よりも高いところにいる、ということがとてもうれしかった。

—本格的に山にのめりこむようになった経緯を教えてください。

それから少し経ってか、新田次郎の『孤高の人』を読んだところから、本格的に山に引き込まれたのかもしれません。でも、『孤高の人』を読んだときに「自分が槍ヶ岳や穂高岳に登れる」とは思っていなかったんですよね。大学時代はサイクリング部に入っていたんですが、2年生のとき、先輩に北アルプスの槍ヶ岳に連れて行ってもらった。そこで、「あぁ、自分でも槍ヶ岳に登れるんだ! これなら、もしかしたらもっとスゴい所にも行けるのかな?」と思ったんです。行けるか行けないかは分からなかったけれど、憧れていた場所に来てみたら、「なんだ、自分にもできるじゃん!」と思えた。この経験が大きなターニングポイントでした。

—登山をする人ならその気分はみんな分かると思います。

「本で読んだり雑誌で見たりして、すごく憧れていた場所」に自分も立てるということは山登りにハマる大きなきっかけだと思うんです。それから、私の世代は植村直己さんにある種の憧れを持っているんですよね。「山登り」ももちろんだけれど、それ以上に「冒険」という響きに憧憬がありました。だから「自分も冒険をしてみたい、探検をしてみたい」と思っていた。それで、冒険ができる最初のフィールドが山だったんだと思うんです。新田次郎の本もそうだけど、植村直己の冒険に憧れたのもひとつの原点なんですね。だから、じつは「登山家」と呼ばれるのはあんまりうれしくないんですよね(笑)。どちらかと言えば「旅人」なんだけれど……。「冒険家になりたいなぁ」とは今でも思っています。

—「冒険」というのはなかなかやろうと思ってできることじゃないと思うのですが。

そうかもしれませんね。でも、たとえば今の若い人を見ていると、普段の生活からして冒険が少ないんじゃないかな、という気分になったりもします。杓子定規に就職活動をして、会社に勤めて毎日オフィスワークというのもアリかもしれないけど、早いうちに冒険をした人の方が結果的に面白い人生を歩めるという側面もあるはずなんです。安定した暮らしからはみ出したところの面白さ、っていうのかな? そういう面白みを他の人が味わっているのを見て、「いいなぁ」と思っている人は多いと思うんですよね。その「いいなぁ」っていう気持ちをきっかけに「じゃあ、冒険しちゃえ!」ってなる人と「なんとなく冒険をしちゃだめなんだろうなぁ」と決め込んでしまっている人の2タイプがいるんじゃないでしょうか。

—定職に就いているとどうしても保守的な考え方になりがちですよね。

じつは私も一度就職しているんです。2年半働いたんですが、それが自分の「生涯の仕事」ではないな、と思ったんですね。「もしここで会社をやめたら生活は不安定になるけど、20代なら気合いで面白いことができるはずだ」と信じて会社を辞めた。最初は貧しかったけど、「いまの自分になら、できるでしょ?」と自問自答して、ここまでやってこれたんです。日本では「定職に付かずにやりたいことをやっている人はアウトロー」みたいな風潮がどこかにありますよね。でも、アメリカやヨーロッパではやりたいことをやるために定職に就かず、自分で仕事をクリエイトしているひともたくさんいる。生活が成り立っていればそれでOKだし、もっと言えば、「自分が満足しているかどうか」が大事なことだと思うんです。「安定しているから満足している」という考え方ももちろん理解できるんですけど、「自分、現状に満足しているかなぁ?」って疑問に思う人がいるなら、ちょっと山に行って生活を振り返ってみるだけでも何か変わるかもしれない。

—冒険に対するあこがれがあっても、実行するにはきっかけや信念が必要ですよね。

でも、冒険というのはどこか遠いところに行ってしまうことだけではないんですよね。就職したり学校に行ったりしていても、たとえば週末に一歩外に出てみるだけでいいんです。山に行ってみたり、スキーをしたり、自転車に乗ってみたり。そうすると自分の生活を客観的に振り返れますよね。いつも生活しているところから離れて非日常的な空間に飛び出すと、「いつもの自分ってあんまり笑っていないな」とか、「あんまり休憩できていないな」とか、「普段食事をするとき、ちょっと急いで食べてるな」なんてことに気付くんです。こういう視点で考えると、いい景色を見ながらコーヒーを飲むことだってとても贅沢なことですよね。で、こういうことを一度知ると、やめられなくなります。「なにかひとつ発見すると豊かになるんだ」ということを体が知ってしまうと、もうやめられない。さらに過酷であればそういう経験の幅も深みも増して、どんどん強くなれる。体には悪そうだけどね(笑)。

—谷口さんが冒険的な生き方を決めて、それを続けていける「拠り所」って、どこにあるんですか?

高校生のときに、「40歳まで結婚しない」って決めたんです。中学生の時は「オトナになんてなりたくないなぁ」と思って人生を悲観的にとらえていたんですが、高校に入って少しだけ大きな世界が見えてから、「人生ってすごいなぁ」って思うようになった。で、人生80年だとしたら、40歳が半分。それなら折り返し地点までは吸収する年月にして、40歳からは発信とか還元に使おうと思ったんです。もともと結婚願望はあんまりなかったので、40歳までは独り身で自由にやれることをやってやろう、と。もちろん冒険や旅を中心に暮らしていくなかで、就職、結婚、出産する同年代の人たちを見ていると、「自分はこんなんでいいのかな?」って思うこともあって、そういう意味ではときどき壁にぶつかる。けど、けどさっきの考え方を軸にしているから焦らずに済むんです。もちろん、病気や家族の問題があって、冒険したくてもできない人がいる。だけど、「その人たちの分まで私がやるから!」っていうのも自分の使う言い訳です。人生それぞれあるなかで、自分は自由人を謳歌しているけど、こんな人がいてもいいじゃないか、って。

—なるほど。今後、もし結婚するならどんな旦那さんがいいですか?

うーん、とりあえずクライマーは却下かな(笑)。多分うまく行かないと思うんですよね。もちろん旦那さんは山や自然が好きであってほしい。生き物好きであってほしい。でも、いわゆるストイックなクライマーはムリです。

—それ、なんとなく分かる気がします……。

うまく言えないんだけど、分かるでしょ?(笑) もうすこしナチュラルに、山歩きが楽しいと思える人であってほしい。生き物に興味がある人であってほしい。そういう人はおそらく人間が好き、子供が好きで、家族が好きっていうことにつながるんだと思うんだけれど……。山でも空でも海でも良いんだけれど、自然に近い感覚を持っている人がいいですね。コンビニ文化に侵されていない人、とでも言えばいいのかなぁ。でも、「アウトドア好き」というのはまた違うんです。「アウトドア」っていう言葉には「日常から切り離された自然にわざわざ出て行く」っていうニュアンスがあるけれど、そういう特別なことではなく、自然の中にいるということが普通に思える人がいいなぁ。逆に言えば、「結婚の条件」って、それくらいですよ(笑)。


マナスル山頂で平出氏と

—パートナー、というのは大事ですよね。山の魅力も一緒に行く人で大きく左右されます。

パートナーは本当に重要ですね。昔はとにかく山に登りたくて、雪山も一人で登ったりしていました。今でもひとりで裏山を歩いたりすることは時々ありますが、あえて一人で山に登ろうとは全然思わなくなった。誰かと一緒にいるから、より楽しいんです。誰かと一緒にいるから学びがあるし、自分の間違いにも気付く。単独行ならあきらめるであろうシチュエーションでも、仲間となら乗り越えられる場合がある。これらすべてのことは、パートナーがいなければ成り立たないですよね。ここ数年でそれを強く感じるようになりました。ヒマラヤや厳冬期の黒部五郎岳なんて、一人では絶対に行けなかった。過酷なシチュエーションでは誰もが「やめたいな」と思う瞬間があります。でも、仲間がいれば笑って乗り越えられる。それがありがたい。

—山仲間、パートナーに出会うにはどうすればいいんですか?

それは人によると思います。なかには誰にでも声をかけられる人もいるけれど、自分はそうじゃない。自分には抜きん出た技術がある訳じゃないし、そこまで自信もない。だから、「お互いに助け合える」という信頼感がないと不安に感じるんですね。パーティー全員が初顔合わせ、という状態でどこかへ行くという選択肢は自分の中にないんです。もし4人で行くなら、そのうちの少なくともひとりは自分のことを良く分かってくれている人じゃないと不安です。でも、ひとりパートナーがいればそこからどんどん広がっていくものなんです。特にクライマーというのは狭い世界なので、A君の仲間のB君、Cさんと辿って行けば、信頼できる人に必ず出会う。単なる茶飲み友達じゃなくて、命綱を結び合う友達の言ってることは信用できます。命を預けられる友達が連鎖して、パートナーからパートナーへとつながりが生まれるんです。

ーたしかに、山仲間には不思議な連帯感と強いつながりがありますよね。

山に行くとパートナーとは24時間一緒にいることになりますしね。歩くのも寝るのも食べるのも一緒。会社や学校ではこういう経験はなかなかありません。客観視すれば「なんでそんなに過酷なことをするの?」と思うかもしれないんだけど、状況が過酷になればなるほど仲間の能力のすごさや存在のありがたみもより強く感じるんですよね。

—アルパインクライマーとしてご自身が「女性であること」って何かに影響していますか?

じつはピオレドールを受賞するときにシャモニへ行ったときも、メディアや関係者に「女性でエントリーされたとことはどう思いますか?」と何度も聴かれました。そこで、「日本だけじゃなくて、ヨーロッパにも『男だから』『女だから』という観念があるんだ!」って、びっくりしたんです。で、そういう質問には「自分が女性だからこれをやろうと思ったのではなくて、やりたいことをやっていた自分がたまたま女性だったのです。」と答えていました。もちろん男性と女性の差というのは存在します。体力や筋力で男性に劣るという点で、悔しい思いをしたこともたくさんあります。けれど、山では女性の方が「生き残る」ような感じがするんですよね。

—女性の方が「生き残る」というのは?

「生命を守る力」みたいなものが女性には備わっているんじゃないか、というのをヒマラヤ遠征で感じました。登攀の時の瞬発力は男性の方に分があるんですが、長いテント内での生活であったり、1週間の登攀を終えてから下りの行程での能力なんかを見ると、「守る力」は女性のほうが強いと感じるんです。それから、山登りにはパワーも必要なんですが、感受性も重要ですよね。何かに感動できる力が大きいほど強いと思うんです。同じ空を見て感動できるか、できないか。山道を歩いていて辛いだけなのか、花や川がキレイだということに気付けるか。でも、これは男女よりも個人差の問題かもしれませんね。それより何より、一番大事なのは「あそこに行きたい」という気持ちだと思うんです。人間がふたりいれば絶対に差がある訳で、「男性か、女性か」というのもそのひとつに過ぎないんじゃないかな。


カメットC4での1枚

—ヒマラヤやアラスカでの経験は、日本の山を登るのとどんな風に違いますか?

まず、景色が違う。ヒマラヤやアラスカは山が大きいんです。日本だと計画を立てて、「4時間歩いてあそこまで移動」というようなスパンで山歩きをしますが、海外の山だと「何日歩いてあそこまで移動」というスパンなんですよね。1時間歩いても何も変化がないというのもしょっちゅう。そういうスケールの山では登り方も変わるし、見える景色も変わります。それから、海外の山では出会う人が違う。ヒマラヤではあまり人に会いませんが、ヨーロッパやアメリカの山では人に出会うことが多い。もちろん日本の山でも人には出会うし、影響は受けます。でも、海外だと文化も価値観も違う人に出会って、「うわっ、そんな登り方するの!?」とか、「そんな道具なんだ!」っていう発見がありますよね。パキスタンではイスラム圏なので、現地の男性に「女が山に登るのか!?」って驚かれたりもしました。

—宗教や文化の違い、価値観の違いは大きく影響しますよね。

ウイグル自治区にあるムスタ-グアタに登ったあと、カシュガルに行ったんですね。そこに遊牧民族の大きな街があって。自分のサングラス焼けした顔を見て、街の人が「なにその顔!」って驚いているんです。で、通訳を通して「山に登ってきたんだ」と伝えたら、「山に登るの? なにそれ、お金もらえたりするの?」って言われたんです。まったく逆(笑)。彼らにも山は見えているはずなのに、私のやっていることの意味は分からない。「お金と時間をかけて山に登るという観念がないんだ!」って驚かされました。山に登るだけじゃなくて、その土地の人たちの価値観や考え方に近づいてみるというのが面白いんだと思います。

—それは山登りに限らず、普通の旅にも言えることですよね。

そうですね。海外で得た経験って、自分の生活にも持って帰れる財産だと思うんです。自分の部屋を見渡してみて、「こんなの必要ないじゃん!」って無駄なモノに気付いてみたり、いろいろ変えるきっかけになる。週末に山に行くだけでも日常生活って客観視できるくらいだから、外国に行くってことは、「日本の中で生活している自分」を客観視できるようになるってことだと思うんですよ。だから、旅というのは大事なんです。人生そのものが旅で、さらにその旅の中でどれだけ寄り道したかで人生が豊かになったり、貧しくなったりする。どんな寄り道でもいいんです。野原にツクシを採りに行くだけでもいい。でも、自分は欲張りだから、人が行かないようなところに行くのかもしれないし、世界を何周もグルグルしてみたいんです。

—最後に、これからの目標について聞かせてください。

「ここにいけば満足」という場所はないんですよね。もし目標があるとしたら、夢がどんどん転がって、次の夢から次の夢へと更新され続ける状態が目標です。あるところに到達して、行く先が見えなくなっちゃったらつまらない。まだまだやりたいことはいっぱいあるし、行く先はずっと続いています。近々の予定だと、今年の秋にチベットに行くんです。去年も行って、いろんなトラブルや頭に来ることもたくさんあって、「二度と行くもんか!」と思っていたんですが……(笑)。今年はチベットで「これでどうだ!」ってくらいの冒険をして、さらに次のステージに進もうと思っています。

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